2017年06月22日

母として、六太夫への想い

空手の観音様

馬場さんの家で代々大事に守られてきた観音像は、
空手なんです。

IMG_4762.JPG


馬場さんがおっしゃるには、
親子がいつか再会する時のために、
敢えて手に持っていた柄杓か何かを
残したのではないかというのです。

私も納得。
「みつけもの」を創る時に、いろんな資料を読んでいた頃、
落ち延びさせる時の「母」の想いを想像しました。
現代ならば、密かにメールやLINEで連絡を取り合うとか、
再会の可能性も信じられるでしょうが、
織田や武田をはじめ全国で天下を取るための戦いが繰り広げられている時代です。
二度と会えないことを覚悟はしていたのでしょう。

でも、母として身を切られるような子どもとの別れ。
再会を信じることで、心を落ち着かせざるを得ないのではと思うのです。
私だったら、親子の契りとなる物をどこかに隠すのではないかと思いました。

そこで、岩村町の歴史に詳しい方に聞いたのですが、
当時の本丸は、現在よりももう少し高いところにあり、
江戸時代以降に削られているそうなのです。
そのために、現在掘っても何も出て来ないとのこと。
その当時の記録もないので、確認の仕様がありませんので、
もう想像でしかないですが、
可愛い子どもとの別れを前に、
女城主はなんとかこどもとのつながりを残したいと思っていたと思うのです。

二度と会えなかった六太夫ですが、
りっぱな武士として成人し、結婚して六之烝という後継が生まれ、
現代までその命が続いていることを、
女城主はどんな想いで見つめていらっしゃるのだろう?
岩村城址を訪れると、いつも女城主の気持ちに想いを馳せてしまうのでした。


IMG_0513.JPG




posted by みつけもの at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月13日

女城主のもうひとつのストーリー

先日放送のNHKヒストリアで、初めて広く社会に出た
「馬場六太夫」のお話。
たくさんの反響がありました。
「六太夫生きてた!」
「六太夫無事だった!」
「六太夫、活躍したんだ!」
「村上水軍とつながっていたなんて!」
「子孫が今もいるなんて感動!」
などなど・・・。

東海地方での放送の翌日、岩村に行っておもてなしをしていたら、
やはり女城主と秋山虎繁との間にこどもが生まれていてよかったという声や
六太夫が生きていてよかったという声を
直接お聞きしました。
おつや.jpg


でも残念ながら、岩村にいらっしゃっても
六太夫のことを知るものがありませんでした。

で!

急ぎ「女城主のもうひとつのストーリー」という
リーフレットを作らせていただきました!
ヒストリアの中で紹介されたことや紹介されていないことも
女城主が岩村へやってくる前から、現代の馬場さんまでを
時の流れに沿ってイラスト入りで紹介しています。IMG_4762.JPG

近々、岩村町の観光協会などに置かれると思いますので、
岩村に行かれたら、ぜひゲットしてくださいね!




posted by みつけもの at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月29日

馬場六太夫をみつけた「みつけもの」からヒストリアまで

インターネットテレビAATV東海に、私の番組「channnelものがたり」ができました!

https://www.youtube.com/watch?v=fpQ84A0jOXA

「みつけもの」を創ろう!と思ったのも不思議なご縁。
発達障がいのある息子の行動などに疲れ果てたシングルマザーで非正規雇用の私が、
もう生きていけないかも・・・と思っていた時に、
導かれるように岩村城へ行き、
女城主の人生を知りました。

なんて強い女性なんだろう!

感動を覚えました。

さらに、調べていく中で
「馬場六太夫」という本の存在を見つけたのです。岩村城の女城主6.jpg



女城主と秋山虎繁との間にこどもがいた!

出版社経由で、著者に早速手紙を書き、返事を待ちました。

お返事がきました!

織田信長から六太夫の命を守るため、
落ちさせることを決心した二人。

二度と会うことはできないだろうと覚悟はしていたのでしょう。

母としてこんな辛い別れはありません。

女城主の気持ちが自分のことのように感じ、
胸が締め付けられるようでした。

その時、私はどんな困難があっても
息子と二人で立ち向かって生きていこう!と決心したのです。

無我夢中で映画をつくりました。
つくったあとは、息子と一緒に甲冑を着て、
女城主と虎繁になり、女城主のものがたりを伝えてきました。
おつや.jpg
虎繁.jpg
地域映画の監督として、映画を創る人生も始まりました。
六太夫と母・女城主のものがたりを
いつかは映画にしたいと思っています。

そして、なんとか六太夫のことを世にだしたい!

活動をすることで、どこからか史料が見つかるかもしれない!

そう思っていたのです。

そして、この感動の女城主のものがたりは、
たくさんの方が共感するはず!岩村のまちづくりに活かすことができる!と
確信しました。

ヒストリアにも投稿したこともあります。
番組にして欲しい!

すると奇跡が起きました!
私の書いた記事がヒストリアのディレクターの目に止まったのです。

全国の方が、六太夫のこと、女城主の壮絶な人生に心を打たれたと
twitterなどで呟いてくださっています。

27日、岩村で会った観光客の方々も、
皆さん口を揃えておっしゃっていました。

逆さ磔という極刑で悲しい結末のものがたりに
光が射しました。
命が現代まで続いている!

素晴らしいことですよね。

26日の放送中、岩村のある東濃地方に
竜巻注意報が発令されました。

女城主が喜んでいるのかもしれませんね。


posted by みつけもの at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月24日

5月26日は東海地方放送です!

NHK歴史秘話ヒストリア「戦国の花嫁」
いよいよ東海地方の放送が5月26日金曜にせまりました!
先週の放送では、かなり反響があり、
特に女城主と秋山虎繁の間に「六太夫」が生まれていたことに、
感動してくださった方が多かったようです。

私も馬場さんと出会った時に、
逆さ磔で亡くなった二人の命が、
六太夫という子どもの命につながり、
そして現代にもつながっていることに
深い感動を覚えました。

それが、どうしても馬場さんと六太夫のことを世に出したい!という
強い動機になり、
上映会の開催や、講演会、そして武将隊活動へと繋がってきたのです。

8年間、願い続けていた昨年の晩秋、
ヒストリアのディレクターが武将ジャパンに寄稿した
私の記事を読んでくださるという
奇跡を起こしてくれました。
http://bushoojapan.com/supersub/2014/10/14/31546

馬場静枝さんも大変喜んでくださって、
「みつけもの」の初回上映会の時の約束が果たせたことが、
何よりも嬉しく、感謝です。

それにしても、
静枝さんとの出会いは、女城主が引き合わせてくださったように思えます。
あの日、ハアハアと息を切らせて岩村城の本丸址に登った時、
女城主の気持ちがまるで自分の気持ちであるかのような錯覚を覚えました。
尾張から信長の意思でひとりここへ嫁いで来て、
城主亡き後、勇敢に城主となったものの、
きっと不安と恐怖に必死に戦っていたのでしょう。
その強さと健気さを想い、
はっと我に返ると、とても強い気持ちになったのを覚えています。

命をかけて、領民や子を守ろうとした本当の強さ、責任感を想うと
自分の甘さが恥ずかしくなりました。
目の前に立ちはだかっていた大きな壁を
わが子と一緒に乗り越えていこう!
そんな勇気が持てたのです。
その後、馬場さんの書かれた本に出会い、馬場さんと会い、
これまで何十通とおてがみを交換し、
私は馬場さんの女城主への想いをお聞きしながら、
ずっと励まされてきたように思います。

女城主、私は「お直の方」とずっと呼んできましたので、
「お直の方」に心の中でこう言いました。

「あなたと信友さんとの間に生まれた六太夫さんの存在と子孫の静枝さんのこと、
やっと世に出すお手伝いができました。
私に息子と強く生きる勇気をくださってありがとう。
映画を創る機会をくださってありがとう。
あなたの深い愛は、戦国から400年以上経つのに、
平成の世に生きる私のところにまで届いています。
そして、テレビを見てくださった全国の方にも
きっと届いていますよ。」

IMG_3828.JPG



posted by みつけもの at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月20日

馬場六太夫が初めて世の中へ!

昨夜、馬場さんから感動のお電話を頂きました。

2009年に馬場さんと六太夫のことを知って以来の悲願。
「みつけもの」の上映会をしながら、
なんとか女城主と秋山信友(虎繁)との間に六太夫が生まれたことを
世の中に出したい!
女城主の400年以上に及ぶ無念の気持ちを思い図る馬場さんに
心を打たれ、六太夫の存在だけでも世の中の人に知ってもらえたら、
と思い、岩村のまちづくりに関わってきましたが、
ヒストリアで番組を創っていただくことになって、本当に嬉しいです。

上映ポスター.jpg

逆磔になってこの世を去ってしまいましたが、
子を持つ母の気持ち、初めて自分から愛した夫への気持ちを思うと
同じ女として、どんなに辛いことだったのだろうと心が痛かった。
そして、まるで何かに導かれるように、
映画を創って、女城主のことを世の中に出そう!
たくさんの方に六太夫のことを知ってもらおう!と決意したのでした。

3歳の六太夫が村上水軍に導かれ、安芸の国までの長い旅路を行き、
母とは二度と会うこともなく、立派な武将に育った。
そして村上元吉とともに武将として戦っていたのかと思うと、
2011年に瀬戸の海を見ながらも胸が熱くなりました。

その時のことを思いだしながら、
昨夜の馬場さんの声を聞き、涙が溢れてきました。

400年以上の歳月が過ぎ、平成のこの時代に、
ひとりの六太夫という男の子と今に続く子孫の存在があるという事実を
世に出すお手伝いができたことが、何よりも嬉しいです。


posted by みつけもの at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月19日

「みつけもの」

2011年製作の岩村町ドラマ「みつけもの」。
「子孫」を発見するシーンです。
https://www.youtube.com/watch?v=altB2paK45o&feature=youtu.be

このドラマは、2009年に私の実体験をベースにシナリオを書きました。
岩村の女城主に出会い、その強い愛と責任感に感動し、
調べていくうちに子孫として生きてこられた馬場さんを発見し、
女城主と秋山(信友)虎繁との間に生まれた六太夫が、
馬場さんの先祖であると知りました。

時が流れ、ようやく女城主の悲しい人生が、
愛ある人生へと塗り替えられたように思います。

写真3.JPG

まくら塚は、ふたりの魂を鎮めるために作られたとされています。
posted by みつけもの at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月18日

NHK歴史秘話ヒストリアで岩村女城主が!

岩村の女城主が、とうとうNHK歴史秘話ヒストリアで取り上げられます!
とうとう!です。
そして、この度、資料提供させていただきました。
「みつけもの」を創る時にみつけたまだ公になっていないいくつかのことも
番組で紹介されます。

thumb_IMG_4467_1024.jpg

岩村のまちづくりは、女城主の里として、
「女性がつくるまち」をテーマに女城主のメッセージを伝えていきたいと考えました。
「みつけもの」は、まちづくりのためのストーリーとして創ったのです。
そして、そこでみつけた大事なものは「愛」でした。

領民やこどもや秋山虎繁への、女城主の深い深い愛。
この愛が現代まで続いていることに私は圧倒されました!
ヒストリアでも、「愛」に生きた女性として、女城主を取り上げています。
嬉しいです。

東海地方は、26日放送ですが、
明日の放送からの反響が楽しみでもあり、
ドキドキでもあります。


そして、
私の提供させていただいた情報に対するお問い合わせ窓口は、
以下になります。
info@com-design.info
出来るだけ早く返信させていただきますが、
内容によっては、お時間をいただくこともあるかもしれません。
どうぞよろしくお願いします!


「みつけもの」の一部も、近日youtubeにて公開させていただく予定ですので、
お楽しみに。
thumb_村上元吉墓正面_1024.jpg

「六太夫」のお墓

posted by みつけもの at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月07日

岩村城女城主、あいちポップカルチャーフェスティバルへ

本日は、モリコロパークであいちポップカルチャーフェスティバルが開催されておりましたが、
長久手「血の池タルト」のPRのため、コスプレではないのですが、女城主として出かけてまいりました。
IMG_3187.JPG
会場には、コスプレーヤーがたくさん!
そしてカメラマンの方々もたくさん!
さすがに甲冑姿の方は見かけませんでしたが、
草摺や前袖に似たパーツを衣装にアレンジされたお方は、
何人かお見かけしました。
そんな会場を「血の池タルト」を手に歩いておりますと、
数人の方から
「岩村の女城主ですよね?」
というお声が!

おおーご存知の方がいらっしゃった!
嬉しいことよ。

IMG_3200.JPG

さまざまな出会いの中で、岩村の女城主の物語を語らせていただくことも出来、
とても充実した1日でした。

IMG_3199.JPG

IMG_3196.JPG

確実に、岩村の女城主について
認知が広がっていることを少し実感できるこのごろ。

城主として生きようと覚悟したお直の方を演じる以上、
しっかりとした決意を持って挑まなければと思いを新たにした日でした。

本日お会いした皆様、ありがとうございました。

現代の女性たちに勇気と希望と愛を!
映画から始まる女城主のブランディングは今後も続きます。

posted by みつけもの at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月02日

明けましておめでとうございまする

皆さま、新年明けましておめでとうございまする!

岩村「女城主」から新年のご挨拶をさせていただきます。
https://youtu.be/p4bNadNFtao

今年は、岩村「女城主」にとっても、期待できる1年になりそうです。
1月8日からスタートするNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」。
井伊直政の養母として、井伊家を守ったとされる直虎ですが、
「おんな城主」という言葉が、日本の皆様の耳に何度となく聞こえてくることで、
我が岩村「女城主」のことも、知っていただく機会になるのでは?と
嬉しい限りでございます。

IMG_3173.JPG

織田信長の叔母として、三度目の政略結婚により岩村へ嫁ぎ、
織田領として岩村城を遠山影任と共に守っていたわけですが、
影人の病死後、武田勢が攻めて来た時に、3ヶ月の籠城をしながら信長の援軍を待ちました。
信長の五男を養子として預かっていたこともあり、
この五坊丸を守りたいという母の愛と
領民を見殺しにはできないという責任感とで、
武田24将の一人「秋山信友(虎繁)」の開城の条件を受け入れたのです。
それは、「某と結婚してほしい」というもの。
秋山信友と結婚すれば、織田領である岩村が武田領になるわけです。
そして、五坊丸は武田信玄の元に人質として送ることも条件でした。
信長の怒りはすさまじいものでした。
しかし、五坊丸は、武田信玄のもとで元服まで育ち、
しかも武術や学問なども身につけ、最終的には織田家に帰ることも出来、
犬山城主(勝長)となっていますから、
そのまま岩村城に残るよりも秋山の人質の采配は織田家にとっても良いことだったわけです。

また、開城の条件として、秋山は領民の命を守ると約束していました。
これも有言実行!領民たちを家に返し、その後岩村の平安を守り、
城の普請なども精力的に行っていたようです。

秋山信友は、甲斐の虎とも呼ばれていた猛将だったそうですが、
「正直で信頼がおけて、頼り甲斐のある奴」ですね!

そんな秋山と3年間は幸せに暮らしていた女城主だったのです。

ひとり、城を守る戦士としての女城主も、
この3年は女性として、妻として、充実した日々を過ごせていたのだろうと思っています。

でも、この幸せは3年しか続かなかったのですね。
やはり、時は戦国時代。
刻々と情勢が変わる中、貴重な3年だったのかもしれませんね。

今年は、岩村の女城主も出来る限り、たくさんのイベントにも参加させていただき、
「直虎」を一緒に盛り上げていきたいと思っております。

皆様のご支援、よろしくお願いいたしまする。

posted by みつけもの at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月27日

女城主をブランドに!押し売り的映画製作

女城主の里 だから何なんだ?
女城主の里だから観光客の女性が大事に扱われ、特典があるのか?
 例えば、恵那名物の栗きんとんが食べ放題とか、日本酒飲み放題とか(2月の酒蔵開きの時は男性女性どちらも100円のお猪口を買って飲み放題になる)、どの店も一律半額だとか、はたまた通りを歩けば町の男衆がひざまづくとか?(2008年の時点)
 い〜え、特にない!唯一どの店や家も青い暖簾を下げていて、そこにはその家のおかみさんの名前が書かれていることくらいか。
 よしこさんの家とかかずえさんの家とか名前を読み上げながら歩くのも、少しだけ楽しめる。
「よしこさ〜ん!」と玄関先で呼んでみたら、よしこさんは出て来てくれるのかな?と呼んでみたくなる。
でもそれ以上に女城主にちなんだものを感じることは出来ないし、情報さえ得られなかった。
女城主の里と言われてからは特にだが、その前から戦国時代に女城主がいたのだという話が言い伝えられる中で、きっと岩村町の女性たちは心に何かが生まれていたに違いないと思うのだ。
 長男として生まれた男の子は、小さい頃から「お前はこの家の後継だから」とか「○○家の長男なんだから」と言われて育つため、自然に長男である自分の立場を強く意識するようになるらしい。
そのため、長男はまじめな人が多いし、一家の長としての顔が出来ていく。不思議だが、小さい頃から幾度となく刷り込まれていれば、そうなるのも納得が行く。
 だから岩村の場合も、女城主という言葉が女性たちの心に何らかの影響を与えていると考えてもおかしくないわけだ。
 全国的にも女城主は希有な状態。これはオリジナリティにつながる大事なポイントだ。
 そして、女城主の里に住む人々、そこへ訪れる観光客は、この地で何を得ることが出来るのか。観光で訪れる人々は、それぞれ何らかの期待を持ってやってくる。岩村の江戸時代の町並み、のどかな山と田園、地域の特産品、名物料理・・・。日常から離れた特別な時間や経験を求めて来る。
 しかし、それをただ1回だけの訪問で終わらせず、リピーターとなってもらうにはどうしたら良いのか。口コミで広げてもらうには何が必要なのかを考えなくては、観光の町へとシフトして行くことは難しい。そこで、オリジナリティとブランド力が試されるわけなのだ。


写真3.JPG


⇧妙法寺のまくら塚(女城主を弔って作られた)


岩村の場合は、女城主というオリジナリティがある。そして、女城主のストーリーが訪れた人に敵将との間に芽生えた深くて強い愛情、こどもや領民を守るために強い意思と覚悟を持って生きた潔い心、そして何よりも女性としての美しい姿への共感を与える。私も女城主の物語を知った時に、励まされ自戒し、また前に向き直りといった経験をした。自分と女城主を照らし合わせ、感情移入し、共感するという、自分もこんな風に生きたい、こんな風になりたいと思うことこそ、ブランドだと言える。
 戦国から現代へと時間を飛び越えて夢を描く力があるのがブランドだ。岩村のブランディングは、まさにこの女城主という人そのものであり、このストーリーを地域づくりに活かす他ないと思ったのが、映画づくりを決心する動機だった。
写真7.JPG

⇧岩村城址看板

posted by みつけもの at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記